2015年6月21日日曜日

中国江南・上海紀行(4)無錫・南禅寺と恵山古鎮

平成26年12月28日(日)無錫・南禅寺と恵山古鎮

昼食後は再び市街地に戻り南禅寺へ。
門をくぐって右側には大きなショッピングモールが併設されているので、人通りも多い。



高くそびえる塔を見上げながら本堂に向かうと、 

そこには黄色い衣をまとった若い修行僧たちもお参りに来ていた。まるでカンフー映画の一シーンを見ているようだ。

南禅寺の次は無錫最後の観光、恵山古鎮。
ここにもわかりやすい案内板があって、これだけ広いエリアの中に昔ながらの中国の街並みが保存されている。

通りも、横の小路も、門も、どこも絵になる景色。



中国人のパワーの源は食にあり。
カウンター中央で山積みになっているのは、イカを丸ごと串に刺して揚げたもの。
若い女性たちがワイワイ話をしながらこのイカの丸揚げにかぶりついていた。
小気味いいほどの食欲。羨ましいかぎりだ。

通りはいつまでも続く。

左右を振り向くと渋いお店があちこちに。


遠くの山頂に見えるのは龍光塔。
なんでも明の時代に、無錫の若者たちがいくら勉強しても科挙に合格しなかったのが、当地にあった龍の像に角がないのが原因だとわかり、龍の角に見立てて建てたという説があるのがこの龍光塔とのこと。
この塔が完成してからは科挙をめざす若者たちも合格するようになったようである。めでたし、めでたし。


ここで無錫の観光は終わり、私たち一行は蘇州に向かった。
(次回に続く)







2015年5月24日日曜日

中国江南・上海紀行(3)無錫・清名橋

平成26年12月28日(日)無錫・清名橋

西施庄の次は運河沿いの古い街並みが保存されている清名橋地区へ。

清名橋の手前まで来て横を振り向くと、両側に古い感じの建物が並んだ、とてもいい雰囲気の通りが見えてくる。


こちらはこの地区の名前の由来となった清名橋。


橋の一番高いところまで上ると運河がよく見える。


日本でいえば「重要伝統的建造物群保存地区(略して「重伝地区)」にあたるのだろうが、橋には「全国重点文物保護単位 大運河 清名橋」と書かれた記念碑がある。

 案内板には日本語も記載されているのがうれしい。

あの突き当りを曲がるとどういった街並みが広がっているのだろうか。
ふらりとさまよい込んでみたくなる。

実際にはバスで遠回りに移動したが、運河沿いにはこういった通りが続いている。
アベックの散策コースにはもってこいだ。

ランチを食べたのが、通りのはずれにある「西之物語(ウェストサイド・ストーリー)」。

このレストランはベジタリアン料理のお店。
肉のように見えても、実はグルテンミートだったり、大豆製品だったりと、とても健康的な中華料理を食べることができる。

お店の内装もカジュアルな感じで、日本だったら女性誌にでも紹介されそう。

それでもこういった額がかかっているのは中国風。
ここに書かれている人生訓を読んで、ふむふむとうなずく。

レストラン周辺はどこを撮っても絵になる。ここは倉敷美観地区?

清名橋地区もここでおしまい。その向こうにそびえるのは日航ホテル無錫。

(次回に続く)
〈Y〉

2015年4月28日火曜日

中国江南・上海紀行(2)無錫・西施庄

平成26年12月28日(日)無錫・西施庄

この日は朝の8時にホテルを出発して無錫市南の蠡湖(れいこ)に浮かぶ小さな島、西施庄へ。
ここは春秋時代の紀元前5世紀ころ、越国の范蠡(はんれい)が絶世の美女・西施(せいし)と隠居したことで有名なところ。

湖の北端にある船着き場から遊覧船に乗って15分ほどゆったり湖の上を進んで西施庄に上陸すると、端正な姿の西施さんがお出迎えしてくれる。

これが私たちの乗った遊覧船。遊覧船というより屋形船のようだが、これはこれでなかなか渋く、風情があっていい。

こちらは運転席。乗り物に乗ると、ついつい子どものように一番前に来てしまう。


そういえば遊覧船が来るのを船着き場で待っていた時、朝の散歩に来ていた地元のおじいさん、おばあさん10人ほどの集団がにこにこしながら私たちに話しかけてきた。
私たちが中国語でない言葉をしゃべっていたので、きっと「どこから来たのか」と聞いてきたのだろうが、中国語はまったくできないので何を言っているかわかならい。
こちらもにこにこしているだけ。
次に中国に来るときまでには、まじめに中国語を勉強してカタコトぐらいはしゃべれるようにしよう、と心に誓った。
(しかし、忙しさにかまけて、4か月たってもだいぶ前に買ったCD付きの中国語テキストはまだ本棚の中で眠っている。7月には台北故宮、9月には北京の故宮に行くつもりなので、それまでにはどうにかしなくては、と心は焦るばかりだ)

西施庄の中は回遊式になっていて、建物も橋も遊歩道も、どれも整備されているので、歩いていて気持ちがいい。


メインの建物から見た中庭。
雰囲気が沖縄に似ているというか、沖縄が似せていると言った方がいいのか。
なんとなく沖縄に来たような感じがする。


こちらは池の反対側から見たところ。

まるで回廊のような「陶寶橋」。


船のような形をした「浪琴舫」。
范蠡と西施は人目を避けるように生活をしていたため実際に船に乗って湖に出ることはできなかった。そこで船形の建物を作り、この中で夕涼みなどをしながら船に乗っている雰囲気を味わったという。


これらの建物はもちろん紀元前5世紀から残っているものではなく、復元されたもの。
それでも、こうやって実物があると当時の様子をうかがい知ることができる。
それにしても、紀元前5世紀というと日本では縄文時代後期。
人々は竪穴住居にすんで狩猟や漁労、木の実の採取で食べ物を得ていた時代だ。
そんなときにすでに中国では諸侯が乱立し、鉄農具の使用が始まり、青銅貨幣が流通していた。
やっぱり中国の歴史は奥が深い。

ふたたび船着き場に戻り、私たちの乗ったバスが待っている駐車場まで歩いた。船着き場の周辺は公園になっていて遊園地もあり、観覧車もある。
まるで横浜みなとみらいのコスモワールドのようだ。


こちらは「北極世界」。
入口に厚手のジャケットがハンガーにかかっている。
これを着て北極の寒さを体験するのだが、これは気候が温暖な上海だからこそ成り立つアトラクションだろう。


さて、次は無錫市街地を通り抜けて北に向かい、古い街並みが広い範囲で残っている清名橋へ。
(次回に続く)
〈Y〉


2015年3月22日日曜日

中国江南・上海紀行(1)上海→無錫

昨年の暮れに上海・無錫・蘇州を巡るツアーに参加してきました。

1997年にウイグルに行って以来、久しぶりの中国でした。
ウイグルは日本からも北京からも遠くて、日本とはまったく違うイスラムの世界が広がっていましたが、上海は日本から近くて、一見、日本とも似ていそうですが、実は違いがあるという面白さがありました。
今回の旅行のメインテーマは上海博物館で中国絵画を見ることだったのですが、他にも水郷沿いの街並み「水郷古鎮」や世界遺産の庭園をはじめ見どころたっぷりで、さすが悠久の歴史が流れる中国、奥の深さを感じました。
政治的にはギクシャクしていても、中国の人たちは大挙して日本に来るし、日本人が中国に行っても歓迎してくれる、われわれ一般人には関係ないさ、といった温かさも感じました。

中国は見どころが多く、他にも行きたいところがいっぱいです。
行ったばっかりですが、次はどこへ行こうかな、と考えたり、日常会話ぐらいは中国語で話せるようにしようかな、とか、すっかり中国にはまってしまいました。
それでは、今回から何回かに分けて「中国江南・上海紀行」を紹介していきます。

平成26年12月27日(土)

成田空港から上海浦東空港までわずか3時間半。午前の便で飛んでその日の午後には観光ができるからやっぱり中国は近い。

最初の観光地は、江南水郷古鎮「召家楼」。
こちらは入口の門。


ここは観光名所であるとともに地元の人たちの買い物通りでもあるので、夕食の買い物に来た人たちでにぎわっている。
こちらは「召家楼」のほぼ中央にある水郷に架かった橋の上から眺めたところ。
人は多いが不思議と対向する人たちとぶつかることはない。
みんなこういった人ごみの中を歩くのに慣れているのだろうか。
うまい具合にひょいと人を避けながら歩いていく。


売られているものは日本で見かけるものだったり、見かけないものだったり。

白い服のお兄さんが売っているのは、羊のあばら肉。中国では「白切羊肉」。

皮をはぎとられた鵞鳥がぶら下がっている。横浜の中華街でもここまでずらりとは並んでいない。



袋に入っている大きなせんべいのようなものは豚の皮を揚げたもの。パリッと割ってスープに入れたりするそうだ。

                    


かわいいおもちゃも売っている。



水郷沿いに昔ながらの家並みが続く。

こちらはイラストでわかりやすい案内看板。
今回訪れた観光地では、どこも建物が整備されてきれいになり、案内も充実していた。観光に力を入れているのがわかる。


このあとはバスで3時間かけて無錫へ。
夕食はスペアリブなどで有名な無錫料理。
奥の皿に乗っている肉のかたまりがスペアリブ。やわらかくておいしい。



このあとホテルに着くと、ロビーの壁には王羲之の「蘭亭序」が。
(宿泊したのは緑色広場大酒店 Greenland Hotel)



4世紀に活躍した書家・王羲之の最高傑作とされる「蘭亭序」は、王羲之の書を好んで収集した唐の太宗皇帝の昭陵に副葬されたため、原本を見ることができない。
こういった貴重な書の複製をロビーで見ることができるとは、やっぱり奥行きが深い。
〈Y〉
(次回に続く)

2015年3月14日土曜日

春の東博散歩(続き)

前回のブログでお知らせしましたが、先月末、東博に行ってきました。
修復なった狩野永徳の「檜図屏風」。
近くで見ると永徳の勢いのある筆遣いが今まで以上に伝わってるような気がします。


東洋館に入ると仏さんたちの優しいお顔にいつも癒されます。

エレベーターで4階にのぼり、おめあての中国絵画のコーナーへ。

やっぱりここは上海博物館。
春節ということもあって、中国から日本に来ている観光客が多いようだ。
この中国絵画のコーナーにも中国から来た親子連れやカップルが来ていて、私以外はみんな中国人という瞬間もあった。
中国語の会話をBGMに中国絵画を鑑賞する。
日本に居ながらにして気分はまさに上海。なんとも得した気分。




琳派400年に湧く世間とは一線を画しているように見える東博にもこの時期にふさわしい紅梅白梅が。
酒井抱一の弟子・山田抱玉の「紅白梅屏風」

そして歌川国芳の金魚づくし。


アップするのが遅くなってしまいすでに展示が終わってしまったものもありますが、新しい展示も楽しみなので、トーハク詣ではまだまだ続きそうです。
〈Y〉