2016年3月20日日曜日

故宮博物院90周年・2つの故宮めぐり(台北編その2)

平成27年7月3日(金)
宿泊したホテル・帝后大飯店の位置を地図で確認すると、市の中心の北の方にあって、少し北上すると緑の多い花博公園がある。
そこで、朝食前に公園内を少し散策することにした。
それにしても蒸し暑い。梅雨がまだ開けていない横浜とちがって、ここ台北はもう真夏。
セミの大合唱がとてもにぎやか。

立派なガジュマルの樹

ホテルに戻って朝食。
口コミでは朝食がしょぼいので、外で食べたといった書き込みがあったが、とんでもない。
お粥、みそ汁、青菜の炒め物、豆腐などヘルシーで充実した朝食だった。
部屋も広くてきれいで、次に台北に来た時も泊まりたいくらい。



さて、最初の観光は市の南西部にある龍山寺(ロンサンスー)。
龍山寺は、清の乾隆帝時代の1740年に完成し、1945年に米軍の空襲で損害を受けて、現在の伽藍は1953年に再建修復されたもの。
本殿の装飾も石柱の彫刻も素晴らしい。








私たちも地元の参拝者にならって、三本の長い線香とお盛ものを売店で買い、さてどうやってお参りしようかときょろきょろあたりを見渡していたら、お寺の清掃係の若いお兄さんが、日本から来た観光客と気が付いてくれて、「一本目の線香はここ、二本目の線香はここ、三本目の線香はここ」と、私の持っていた龍山寺の案内パンフレットの境内地図を指差しながら日本語で香炉の位置やお参りのやり方を教えてくれた。

親切なお兄さんのおかげで無事、台湾式のお参りをしたあとは、東に向かって少し歩き、清末から日本統治時代の雰囲気が再現された街並みの●皮寮歴史街區(●はヘンが彔でツクリが刂)。
通りの建物はほとんど空家で、これからお店などが入るための改装をしているものもあった。
改装後に来てみると、賑わいがあっておもしろいかもしれない。

このあとは國軍歴史文物館の前を通り、建物の外に展示されていたドイツ製の魚雷を見たり、総統府の裏手を通ったりしたあと、地下鉄の西門駅から台北駅に向かった。


総統府の入口には毎月一回の一般開放日が掲載されていて、よく見ると7月は翌日(4日)になっている!明日は日本に帰る日だが、午前中に行かなくては。


お昼もやはり台湾素食。
台北駅の駅ビル「微風台北車站(Breeze Taipei Station)」にあるチェーン店の「明徳素食園」。
ここはバイキング形式で、盛り切り一皿に五穀米ご飯(大)とスープがついて124元(約500円)。
料理の種類が多くて、どれを食べようか選ぶのに苦労した。




ここで食後の休憩を兼てホテルにもどってシャワーを浴びて、少し休んだあと、今回の旅行のメインテーマである國立故宮博物院に向かった。
(次回に続く)



2016年2月14日日曜日

故宮博物院90周年・2つの故宮めぐり(台北編その1)

昨年(2015年)は故宮博物院が創設されて90年の記念すべき年。
台北と北京のそれぞれの故宮博物院で特別展が開催されていたので、昨年夏、2つの故宮博物院に行ってきました。
少し時間が経ちましたが、今月から「故宮博物院90周年・2つの故宮めぐり」を連載します。
まずは7月2日から4日にかけて行った台北の國立故宮博物院から始めます。

その前に一言。
2月6日朝、台湾南部を襲った地震で被災されたみなさまに心よりお見舞い申し上げるとともに、被災地の一刻も早い復興をお祈り申し上げます。

平成27年7月2日(木)台北

この日は成田空港発14時30分というゆっくりめの出発。
チャイナエアラインに乗って台北(桃園)空港に到着したのは17時過ぎで、それから市街地まで小1時間バスに乗り、ホテルに着いたのは18時を回っていた。



参加したツアーは、午後出発、夜帰着の台北フリー3日間。
初日は着いて夕食を食べて寝るだけ、二日目に市内を散歩してから夕方に故宮博物院に行って夜までいて、最終日は時間の許す限り市内観光といったおおまかなスケジュールを考えていた。

さて、今日の夕食は何を食べようか。
ホテルの部屋にザックを置いて、台湾素食の店を探しに出かけることにした。なぜ台湾素食かというと、出発前にガイドブックを見ていたら台湾には菜食主義の人が多くいて、素食の店が街じゅうにあると書いてあったので、今回の旅行では台湾素食に挑戦することに決めていたからだ。

泊まったホテルは日本人観光客ご用達の帝后大飯店(エンプレス)。
フロントの人たちも日本語が喋れるので、中国語がほとんどできない私としては心強い。
どの方向に行くと飲食店街があるかフロントの人に聞いて外に出た。

少し歩くといきなりアジアらしい光景が見えてきた。
道の中央に屋台が並ぶ夜市である。

飛行機に乗ればわずか4時間足らず。こんな近くなのに台湾に来るのは今回が初めて。
ひとつ街角を横切ると日本とは全く違うアジアがある。いきなりのアジアの熱気の歓迎にうれしくなってしまう。

雙城街夜市



雙城街夜市のにぎわいを通り過ぎて角を曲がると、あった!「素食」の看板だ。
中に入るとこんなにたくさんの種類の料理がずらりと並んでいて、一皿盛り切りで69元(約280円)。これにみそ汁と五穀米ごはんがつくから驚くほどお手頃な値段だ。


肉のように見えるものあるが、すべて野菜や大豆製品。どれも味がしっかりしていて美味しい。 

店の中の風景。テレビでは僧侶の説教がずっと流れていた。

お店の名前は「明心素食」。私たちはどうやら閉店前にすべりこんだ最後の客だったようで、私たちが精算をして店を出ると、店主ご夫婦は夕食を食べ始めた。
素食は日本の精進料理と同じで仏教と関係が深いのだろうか。このご夫婦はとても信心深いお方のようで、料理の並んでいる台の壁にはかわいいお坊さんの絵が貼ってあったし、テレビで流れていたのは僧侶の説教だったし、店名の両側にはお寺の印がしっかり書かれている。

あとでわかったことだが、台湾素食の店は閉まるのが早い。夜の8時には閉まり、アルコールも提供しない。
夜とはいえ、すでに真夏のような暑さで、喉も乾いたので、帰りがけにファミリーマートで台湾ビールを買って、シャワーを浴びてから、部屋飲みをした。台北の夜に乾杯。



2016年1月11日月曜日

新春・京都美術散歩

あけましておめでとうございます。
昨年一年間ご愛読いただきありがとうございました。今年もよろしくお願いいたします。

さて、今年も「京の冬の旅」非公開文化財特別公開に誘われて、土日にかけて新春の京都に行ってきました。

最初に訪れたのは建仁寺開山堂。
客殿の室中の間には左右の襖に描かれた龍と虎がにらみ合う加藤文麗の水墨画「龍虎図」。
上間と下間には原在中の「松鶴波図」「「白梅群禽図」。杉戸絵「孔雀図」「滝図」も原在中の作品で、とても力強く描かれていました。

建仁寺では現在、特別展「禅と武と画の生涯」が開催中です。
海北友松によって描かれた方丈障壁画(高精細デジタル複製)を、普段なら入れない部屋の中に入って間近に見ることができます。
本坊入口のポスターには「息のかかるほど間近な距離でご覧いただけます」と書かれていましたが、まさにその通り。
龍の鼻毛までよく見えて、龍の荒い鼻息がかかってきそう。

海北友松「雲龍図」

とても鋭い爪。今にもつかまれそう。


 こちらが全景です。二頭の龍が黒雲から姿を現すところはいつ見ても迫力があります。

2年前(2014年5月5日)にこのブログでも紹介しましたが、こうやって写真まで撮れるのはうれしい限りです。建仁寺さんありがとうございます。

午後は妙心寺天球院。
狩野山楽、山雪のきらびやかな金碧障壁画だけでなく、墨の濃淡だけで描かれた山水画の世界も印象的でした。


翌日には真如寺に行ってきました。



ここの見どころはなんといっても原在中の障壁画。
特に「西湖図」は、昨年末、実際に中国・杭州にある西湖に行ってきただけに、その時に見た光景と原在中の描いた西湖の景色を重ね合わせて、しばし部屋の前にたたずんでいました。

これで「京の冬の旅」の公開寺院を3ヶ所まわったので、恒例のスタンプラリーでちょっと一服。
京都駅近くにある「京湯元ハトヤ瑞鳳閣」のレストラン栄寿庵で抹茶と宇治金時をいただきました。とても美味しくて、ゆったりとくつろげました。



ちょうどこの時期は京都にしては暖かく、初日の夕方には友禅染の老舗・千總のコレクションを展示する千總ギャラリーへ行ったり、笹を求める人たちでにぎわう祇園の恵比寿神社に行ったり、2日目の午後は京都国立博物館で新春特別陳述「さるづくし-干支を愛でる-」を見たりと、盛りだくさんの内容で、とても心地の良い週末でした。

「京の冬の旅」のサイトはこちらです。それぞれの寺院の公開期間等はこちらでご確認ください。
https://www.kyokanko.or.jp/huyu2015/huyutabi15_01.html

〈Y〉

2015年12月15日火曜日

中国江南・上海紀行(10)上海市内続き

平成26年12月30日(火)上海市内続き

さて中国江南・上海紀行もいよいよ最終日。
比較的すいていた朝食会場でゆっくり食後のコーヒーを飲んでから私たちは魯迅公園に向かった。




魯迅公園に入って驚いたのは、太極拳で体を動かしたり、スピーカーから出てくる大音響の音楽に合わせて踊っている中高年の人たちの多さ。


街中の公園などで大勢で集まって踊ったりすることを中国では「広場舞」というそうだ。
それにしても朝からこの活気はすごい。
こういうところにも中国のパワーを感じたが、今年3月に近隣住民とのトラブルが絶えない、といった記事を見かけた(平成27年3月17日 朝日新聞朝刊)。
その記事によると、毎晩のように音響機器を持ち込んで中高年の女性たちが踊りまくっているとのことである。確かにこれだけの音量で夜に騒がれたら、近所の人たちはたまらないであろう。

広場舞に来る人たちは、太極拳や踊りを指導する先生を中心としたグループになっていて、先生は自分の名前を刺繍した旗をこうやって並木に立てかけたりしている。


魯迅公園の中にある魯迅記念館。


館内はもちろん魯迅一色。ガラス越しにも魯迅先生の顔が浮かんでる。


(魯迅については、年末に魯迅の故郷:紹興に行くので、あらためて詳しく紹介します。)


昼食は上海の中華街「豫園商城」。


さすがに本場中国、それに大都市上海の中華街だけあって、規模は大きく、建物も昔風に整備されていて、清代の中国にまぎれ込んだような気分だ。






昼食も好吃!(おいしい)


続いて、ヨーロッパ風の街並みを再現した「新天地」。
隅から隅まで本当によくできている。気分はすっかりヨーロッパ。
もし上海にフリーで滞在していたら、週末ごとにふらりと寄りたくなるような街だ。


メインストリートから少し横に視線を移すと、まるでイタリアの小さな街の路地裏のよう。
ランチタイムのあわただしい時間帯が過ぎて携帯の画面を見ながら一休みしているイタリア人のコックさんも絵になっている。


狭い路地に二人掛けのテーブルと椅子を並べるところなんてイタリアでよく見た光景。


さらに新天地の中をふらふら歩いていると、白と青のひし形を組み合わせ旗が。
あれ、これはミュンヘンに行ったときによく見かけたバイエルンの旗ではないか。
それにこのレストランの名前をよく見てみると、ミュンヘンの地ビール「パウラーナー」!
疲れた足を休めてドイツビールで喉の渇きを癒しに来たくなってしまう。


店の前に椅子とテーブルを出したり、軒先にメニュー表を貼りだしているのもドイツ流。



次は、中国の首相を長く務めた周恩来が1946~47年に国民党政府と会談を行った周公館。
建物の中は撮影禁止だが、当時の執務室、寝室が保存されている。

ここにはかつて中国共産党駐上海代表処だったところなので、道路を隔てた反対側の家には国民党のスパイが潜んでいて、人の出入りを監視していたそうだ。

庭園内の周恩来の像


ここで観光を終えた私たち一行は、バスで上海浦東国際空港に向かった。
わずか4日間の短い旅だったが、メインの上海博物館だけでなく、水郷古鎮の落ち着いたたたずまい、街の中に広がるかつての貴族たちが造園した庭園、新天地に代表される活気のある街並み、などなどとても内容の濃い旅行だった。

中国は近い、でもやはり日本とは違う外国。

今回、久しぶりに中国に来て、あらためてそう思った。

(「中国江南・上海紀行」終わり)


3月から始めたこの連載もどうにか今年中に終えることができました。
月1回ペースの更新でしたので、気長にお付き合いいただいた読者のみなさまに感謝します。

この連載の最後にもふれましたが、中国は、日本に近くて、似ているようで、実は違う外国、というのをあらためて感じました。
このブログを通じて、こういった中国を旅行する楽しさを少しでもみなさまにお伝えできれば幸いです。

今回の旅行記を連載している間にも、7月には台北、9月には北京、それぞれの故宮博物院に行き、年末には再び中国江南地方に行く予定で、このブログでのアップが追い付かない状態になってしまいました。
来年からも中国旅行記を順次アップしていきますので、引き続きご愛顧のほどよろしくお願いいたします。
それではみなさま、少し早いですが、よいお年を。




2015年12月13日日曜日

中国江南・上海紀行(9)上海市内

平成26年12月29日(月)上海市内

上海博物館のあとは租界時代の欧風建築が並ぶ外灘(ワイタン)地区へ。


すでに夕闇が迫り、建物にはきれいな電飾が灯り始めていた。


対岸の高層ビル群も夕陽を浴びて輝いている。

遠くにはフェリーも泊まっている。
大阪と上海を2日で結ぶ上海フェリー株式会社の「蘇州號」だろうか。
一度は日本からフェリーで中国に来てみたいと思う。

こうやって港の風に吹かれながら黄浦江沿いを歩いていると、地元横浜のみなとみらい地区を散歩しているようでとても心地よくなってくるが、まさかこの2日後に年越しのカウントダウンに集まった市民たちが将棋倒しで犠牲になるという事故が起こるとは夢にも思わなかった。
せっかく新年を祝いに来たのにこんなことになるなんて、今こうやって写真を見返してみても心が痛む。

夕食は「大富豪」というゴージャスな名前のお店。
この付近は飲食店街で、街じゅうに人と車があふれて賑やか。
 

お店の名前とは対照的に、料理はとても庶民的で、いつも食べ慣れている味なのでほっとする。
オプションの上海蟹は注文しないで野菜を中心に食べた。



宿泊したホテルは郊外にある「上海江蘇飯店」。
ロビーにはクリスマスの飾りがまだ残っていてとても華やいだ雰囲気。

(次回に続く)

2015年11月28日土曜日

中国江南・上海紀行(8)上海博物館続き

平成26年12月29日(月)上海博物館続き

明代(1368-1644年)のコーナーに移って最初に目についたのが、雪舟が明に渡った時の師であった宮廷画家・李在(りざい ?~1431年)の「琴高乗鯉図軸」。
これも東京国立博物館の上海博物館展で見た作品なので、とても懐かしい。
(ちょうど空を飛んでいる鯉のところに照明が入ってしまい、見づらくてすみません。)


続いて呉偉(ごい 1459-1508年)「松萌小憩図軸」(左)、辺景昭(へんけいしょう 生没年は不明だが説明書きには永楽年間(1403-1424年)に武英殿に招かれた、とある)「春禽花木図軸」(右)、


そして、呂紀(りょき 1477-?年)「双雉図軸」、と主に宮廷で活躍した画家たちの作品が並ぶ。

次に出てくるのが、呉派文人画の代表格、沈周(しんしゅう 1427-1509年)「倣大痴山水図軸」。



沈周の弟子で、やはり呉派を代表する文徴明(ぶんちょうめい 1470-1559年)の作品は見当たらなかったが、文徴明に習った銭穀(せんこく 1508-?年)「停舟閑眺図軸」も素晴らしい。
説明書きには「この作品は1578年、71歳の時に制作された」とある。

さらに明末に活躍した菫其昌(とうきしょう 1555-1636年)「嵐影川光図巻」。

趙左(ちょうさ 生没年不明)「山郷雲覆図軸」。説明書きには「この作品は1619年に製作された」とあるので、まさに明末ぎりぎりの作品。


清代(1616(北京に遷都したのは1644)-1912年)に入ると、山の形はいきなりこうなる。
梅清(ばいせい 1623-1697年)「敬亭霽色図軸」。


一方で、今までの中国絵画とは少しタッチの違うほのぼの系もある。
呉慶雲(ごけいうん ?-1910年)「渓山夕照図軸」。
このような穏やかな作品が、列強に攻められて混乱していた清の末期に描かれたのだから驚きだ。

1時間という限られた時間で、とてもじっくり作品を見る時間はなかったが、こうやって駆け足でも唐から清までの中国絵画の歴史を勉強することができるのだから、やっぱり上海博物館はすごい。
「もう一度、いや、展示替えもあるので何回も来なくては」と心に決めて上海博物館を後にした。
(次回に続く)