英国美術の巨匠ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーは、生涯を通じて風景画を描き続け、独自の絵画表現を極めた画家として知られています。モネなどのフランス印象派の画家や日本でも竹内栖鳳が影響を受けたとされ、夏目漱石が愛した画家と
しても有名です。
本展覧会は、世界最大のコレクションを誇るロンドンのテート美術館から、油彩画の名品30点以上に加え、水彩画、スケッチブックなど計約110点を展示し、その軌跡をたどります。
11月20日に開催された「ターナー展ブロガーイベントwithスペシャルトーク」に参加する機会を得ましたので、今回はそのご報告をいたします。
まずゲストのお二人のトークショーからスタート。
ターナーにまつわるエピソードやその魅力について、楽しく語っていただきました。
・鈴木芳雄さん 元BRUTUS 副編集長、フリーランス編集者、美術ジャーナリスト、愛知県立芸術大学客員教授
・結城昌子さん アートディレクター、エッセイスト
展覧会は10章構成。ほぼ時系列、テーマ別に展示されています。
以下、いつくかテーマ別にお気に入りの絵を紹介したいと思います。
1 絵になる英国
ターナーの画家としての出発点は、英国各地の名所旧跡の風景を描く水彩画でした。
交通の整備が進んだ18世紀以降の英国では、裕福な人々の間で旅行が盛んになり、名所を描いた絵が人気を博していました。ターナーも、10代半ば過ぎからたびたび国内旅行に出かけ、中世の城や廃墟、起伏に富んだ自然の景観など「絵になる風景」を探し出して描きました。
<ダラム大聖堂の内部、南側廊より東方向を望む>
教会に差し込む厳かな光、静謐な空間が印象的です。
<月光、ミルバンクより眺めた習作>
テムズ川西側の静かな月明かりの光景の絵で、暗い河畔のほぼ中央に絵の背後から眩い月が浮き出ています。
2 大自然への畏怖
その後、ターナーは単に風光明媚な風景を超えて、崇高さを追求するようになり、自然の持つ壮大さ、劇的な変化を描くようになりました。
<バターミア湖、クロマックウォーターの一部、カンバーランド、にわか雨>
これは50歳を越えて描かれた作品ですが、北海に臨むイングランド北東部の漁港がモチーフで、遠景にはスカボロー城も見えます。湖に大きくかかる虹や湖面を照らす光の輝きがとても印象的です。
<グリゾン州の雪崩>
大自然や自然の猛威に対する畏怖の念や敬意を、雄大な自然や自然が引き起こす災厄を題材にして描いた作品です。厚塗りされた雪は迫り来る感じで、緊張感があり、まさに自然の驚異を目の当たりにした感じです。
3 牧歌的風景
ターナーは、光と色彩あふれる、幻想的、詩情に満ちた作品も多く残しています。
<ディドとアエネアス>
カルタゴの女王ディドと放浪の王子アエネアスが狩りに出ようとする情景を描いています。その背景には古代建築が精密に描かれ、夕日に照らされた木々の美しさは見事です。絵の大きさも加わっての迫力がありながら繊細さを兼ね添えた秀作です。
<イングランド:リッチモンド・ヒル、プリンス・リージェント(摂政王太子)の誕生日に>
テムズ川の田園風景を描いた大作です。広々とした野や森の間をテムズ川が流れています。丘の上では貴族たちが大勢集まって宴に興じています。美しい光と色彩に染まる風景が優美かつ幻想的で、神話の世界のような雰囲気がありました。
4 海景画
ターナーにとって「海」は生涯にわたる重要なテーマ。躍動感にあふれる波の表現や風をはらんで進む船の描写は、とても迫力がありますが、ターナー自身が船の舳先に自らの体を縛り付け、嵐の海に出でスケッチしたとの説明書きがありました。大自然の猛威を自ら感じるため、命懸けで絵に取り組む姿勢に感動しました。
<スピットヘッド:ポーツマス港に入る拿捕された二隻のデンマーク船>
これはナポレオン戦争時代の作品。英国とデンマークが軍事衝突した際に、降伏したデンマーク軍艦の護送の様子が描かれています。英国海軍の活躍を描いた作品は、戦争状態にあった当時の英国民に高く評価されたそうで、黒々とうねる波の荒い筆致と写実的な帆船の描写が印象的です。
5 イタリア
40歳を迎えてから、ターナーはイタリアに何度か旅をします。
当時の英国人にとって、イタリアは「憧れの地」でした。
特に、晩年はヴェネツィアに心を奪われ、多数の油彩画と水彩スケッチを残しました。
<ヴァティカンから望むローマ、ラ・フォルナリーナを伴って回廊装飾のための絵を準備するラファエロ>
画像だとよくわからないかもしれませんが、真ん中に『ラファエロの聖母子』が描かれ、手前に見える回廊が細かい描写で丁寧に描かれており、細部まで楽しめます。遠くには古代の史跡、町並みが広がっていて壮大な光景です。
6 晩年の作品
50歳を超えたターナーがたどり着いた最大のテーマは、光や大気をカンヴァスに描き出すことでした。
もやがかった大気の中に、形あるものがすべて溶け込んでいくような画風は、晩年になるほど顕著になります。
ここではやはり、「戦争、流刑者とカサ貝」(上)と「平和――水葬」(下)の2枚の赤と黒の対比が印象的。
今回の展覧会は、まさにすべてターナーの作品!若くして名声を確立しながらも、新たな表現を追究し続けた彼の軌跡をたどることができます。
ターナーの空気感、光の美しさ、波や雪の迫力、風景が浮かび上がるような立体感などは、実物を見ないと写真や画像では絶対にわかりません。
東京・上野の東京都美術館で12月18日まで開催中です。お見逃しなく!(その後神戸に巡回)
(掲載した写真はブロガーイベントのために特別に許可をいただいて撮影したものです。)
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