2017年4月23日日曜日

中国江南紀行2015(5)蘇州→上海

平成27年12月27日(日)蘇州→上海

この日は午前中に蘇州市内を観光して、昼食後上海にバスで移動するという行程。

出発まで時間があったので、市の中心にある道教寺院「玄妙観」に行ってみた。
玄妙観「三清殿」
入館料は10元。チケットには玄妙観の歴史が紹介されていて、「西晋の咸寧二年(276年)に創建され、江南地方第一の道教の中心で、主殿の三清殿は南宋の淳熙年間(1179年)に建設され、国内最大の南宋木造建築」とある。

三清殿は、南宋以来、800年以上も蘇州の街を見守ってきただけあって、どっしりとした風格を感じさせる。
建物前の広場では、地元の人たちが太極拳に励んでいた。
まるで中国悠久の歴史そのもののようなゆったりとした動きをしていた。


ホテルとの往復でおよそ1時間。朝の心地よい散歩だった。

玄妙観に通じる参道の観前街はおしゃれなショッピング街になっている。
朝早いので人はまだまばら。
玄妙観に通じる参道の観前街

蘇州市内は藕園と虎丘に行ったが、どちらも1年前の平成26年12月29日に行っているので、その時の様子はこちらをご覧いただきたい。

中国江南・上海紀行(6)藕園・虎丘

虎丘から昼食会場に向かうため山塘街を歩いていたら、「李鴻章祠堂」という横断幕を発見した。修繕工事中のようだが、昨年も山塘街を歩いたのに気が着かなかった。李鴻章といえば清末の政治家で、軍隊の近代化や殖産興業に力を注いだ人だったが、日清戦争で清が日本に負けてしまったため清国全権として下関条約の締結を行うという、損な役回りを担うことになった。

完成予想図を見ると、とても雰囲気がよさそうなので、完成したら来てみたいと思う。


こちらは山塘街に沿って流れる、北京と杭州を結ぶ京杭大運河。

昼食後、私たち一行はバスで上海に向かい、約2時間20分のドライブのあと上海市内に到着した。
少し雨が降っていたが、雨模様の外灘も落ち着いた感じで、なかなかいい風情。


新天地のイルミネーションもとてもおしゃれ。


ドイツ・バイエルンの有名なビールメーカー「パウラーナー」の名を冠したレストランの隣には小さなクリスマスマーケットが。

クリスマスは過ぎても、クリスマスツリーが残っていたりして、街はとても華やいだ雰囲気。


(外灘と新天地の間に上海博物館に行きましたが、そのときの様子は次回に紹介します。)

2017年3月13日月曜日

中国江南紀行2015(4)蘇州の夜「平江路」

昨年末に行ってきた台北・國立故宮博物院の旅行記を間にはさんだので、「中国江南紀行2015」は3ヶ月ぶりの再開になります。

初日に烏鎮を観光して蘇州に宿泊、2日目の午前中には木瀆古鎮を散策したところまで紹介しましたが、午後は日帰りで無錫に行ってきました。
無錫では1年前と同じく南禅寺や恵山古鎮に行っているので、詳しくは昨年のブログをご参照ください。

  中国江南・上海紀行(4)南禅寺と恵山古鎮

今回宿泊した蘇州のホテル「グロリアプラザホテル(蘇州凱菜大酒店)」は、市の中心部にあって、とても立地条件のいいホテルでした。
ホテルを出て北に向かうとすぐに「平江路」という、運河沿いに明、清時代に建てられた古い建物が並ぶ通りで、今ではカフェやレストラン、ショップやホテルになっているので、夜になると若者たちが繰り出してきてとても賑やか。




平成27年12月26日(土)蘇州の夜「平江路」

夕食を終えてホテルに戻ってきたときにはもうすっかり暗くなっていたが、まずはホテル近くにある「双塔」を見に行くことにした。
10世紀に建てられたという「双塔」は、地図ではホテルから道をへだててすぐのところにあるはずなのに、あたりを見渡してもそれらしきものが見つからない。
高さ30mもある塔だから、上を見ていれば見つかるかなと思いつつ、あたりをうろうろしていたら、近くの会社の入口の守衛室にいたおじさんが心配そうにこちらを見ていたので、思い切って聞いてみたら、身振り手振りでこの敷地の裏の方だ、と親切に教えてくれた。

言われたとおりに行ってみたら、夜空にそびえる二つの塔のシルエットがようやく見えてきた。

続いて大通りを渡り「平江路」へ。
運河沿いにレストランやショップに改装された古い建物が並んでいる。こうやって歩いていると、まるで京都の祇園白川のあたりを歩いているような気分になってくる。




スターバックスも町屋風
しかし、ところがどっこい、ここは中国。
清代風の服装を着た店員さんたちが入口に立つ中華料理店。
よく見えなかったが頭は辮髪にしているのだろうか。
まるで清代にタイムスリップしたような雰囲気。やっぱりここは中国だ。


とても心地よい散歩だったのでもっと続けたかったけれど、明日も早いのでそろそろホテルに戻らなくては。
そう思いながら空を見上げると、満月が優しい光を照らして私たちを見送ってくれていた。


(次回に続く)




2017年2月19日日曜日

ふたたび台北・國立故宮博物院(2)

2階の中国絵画のコーナーをひととおり見たあとは、前回は時間切れで写真が撮れなかった清代の陶器コーナーに移りました。

鮮やかな色使いの康熙帝(在位1661-1722)コレクション

凝ったつくりの乾隆帝(在位1735-1795)コレクション

上の写真のうち、中にある金魚が描かれた器が回転する一番左の青い瓶と、右から二番目の龍が描かれた冠架(皇帝の冠を架けるもの)は、2014年に東京国立博物館で開催された「台北 國立故宮博物院展」で見た記憶があるが、同じものだろうか。

器の中に金魚を描いた器が入っている。

皇帝の冠を架ける冠架


そして清朝最後の皇帝・宣統帝(在位1908-1912)のコレクション
続いて1階のミニチュアコレクションのコーナー。
もともとプラモデルとか食玩とかが好きなので、玉(ぎょく)や器、書物のミニチュアを見るとほしくなってしまうほど、このミニチュアコレクションのコーナーは特に私のお気に入りの場所。





松竹が描かれた日本の蒔絵の箱も展示されていました。


次に1階の動く中国絵画のコーナーに行ってみると、今回展示されていたのは文徴明の「赤壁図」。
こちらはスクリーンに映し出された「赤壁図」。
登場人物が歩いてきたり、鶴が飛んできたり、見ていて飽きないです。



そして6時半も近づいてきたので、エレベーターで急いで3階に上がり、南院の出張から戻ってきた翠玉白菜をパチリ。



この日は土曜日だったので、9時まで開館していましたが、写真を撮れるのは6時半までなので、撮影はここでタイムアウト。

ここでおなかも空いてきたので、もう一度2階の中国絵画のコーナーに戻り、お気に入りの作品を見てから國立故宮博物院を後にしました。

士林駅前のバス停でバスを降りて、信号待ちをしていたら、私たちの喋る日本語が聞こえたのか、私たちの前で同じく信号待ちしていた高齢女性がにこにこ笑顔で後ろを振り返り、「私は台湾で日本の教育を受けました。」と話しかけてきました。

「日本語はだいぶ忘れました。」と言われていましたが、学校時代の校長先生や担任の先生の名前をはっきりと覚えていて、最後に「お話できてよかった。」と笑顔でお別れのあいさつをされました。

今回の台湾旅行の前に、これだけ何回も台湾にいくのだから、少しは台湾の勉強でもしなくては、と思い、中公新書の『台湾』(伊藤潔著)を買って、行く前や行きの飛行機の中で読んでいました。

その中に、

「・・・植民地統治下の台湾では、日本人官吏や警察官と比べて、概して教師は使命感が強く、
 人格的にも優れ、敬愛と信頼を集めていた。
    今日の台湾人年配者に多く見られる親日感情は、これら日本人教師に負うところ大である。」
(同書P117-118)

とありましたが、士林駅前での日本の教育を受けた高齢女性との短い会話を通じて、まさにこのことを実感しました。日本統治下に台湾で教育にあたった教師のみなさんに感謝です。

夕食は、以前にも入った士林駅前の台湾素食の店で。

「日本のどこから来たの。」
「横浜から。」
「横浜には大きな中華街があるね。」
「でも素食の店はないんですよ。」
「そうか。」

店のご主人とのこういった会話が日本語で成り立ってしまうところが台湾のいいところ。



今回宿泊したのは、台北市街の北の丘の上にそびえる、あの有名な圓山大飯店。


安いツアーだったので、窓に面していない「インサイドルーム」でしたが、部屋は広く、浴室もきれいで、トイレも海外では珍しくウォシュレット!
もちろん朝食も豪華で、バラエティに富んだ料理が楽しめるバイキング。

二泊三日とはいえ、初日は午後便、三日目も午後すぐの便なので、実質一日だけの日程でしたが、午前中は圓山大飯店の丘を降りて圓山駅から歩いて7~8分の保安宮と台北孔廟に行ってきました。

医学の神様「保生大帝」を祀った保安宮。
こちらはその前殿。両側の柱に巻き付く龍や、門扉の獅子はじめ、彫刻がとても鮮やかです。

こちらは正殿。地元の人たちがお参りに来られてました。私たちも無病息災を願ってお参りしました。



こちらは後殿です。一つひとつの祠に神様が祀られていて、その前には色とりどりのお供え物が供えられていました。
後殿
正殿前に戻ってくると、人が入った人形が突然現われてきました。


こちらでは係の人たちがまるで祇園祭の山鉾のような飾り付けをした山車を組み立てていました。


年一回、保生大帝の生誕日(旧暦の3月15日)を記念して街を練り歩くための練習をこれからするとのことです。

続いて入ったのが保安宮に隣接する台北孔廟。
保安宮と比べて人も少なく、ひっそりとしていましたが、とても趣きのある建物です。
孔子の業績を紹介する資料コーナーもあって興味深かったのですが、そろそろ昼も近づいてきたので、また今度来ることにして台北孔廟を後にしました。


孔子のゆるキャラもいました。


あっという間の台北滞在。
それでも台北だと、成田から3時間ちょいのフライトでたどり着いてしまうほどの気軽さがとても心地よいです。
台北國立故宮博物院は、特に中国絵画のコーナーの展示替えが年に何回かあるので、これからも目が離せません。
きっとまた近いうちに台北に行きたくなるでしょう。

(「ふたたび台北・國立故宮博物院」おわり)

2017年1月3日火曜日

ふたたび台北・國立故宮博物院(1)

あけましておめでとうございます。
昨年中はブログ「ぶらり気ままな散歩道」をご愛読いただきありがとうございました。
今年も旅行記をはじめ楽しい話題を提供していきたいと考えていますので、おつきあいのほどよろしくお願いいたします。

さて、今年の第一号は、昨年9月に続いて昨年末に行ってきた台北・國立故宮博物院のレポートです。

お目当ての中国絵画の特集は元朝皇室コレクション。
五代の趙幹、宋の李唐、郭煕から元の趙孟頫、そして元末四大家の呉鎮まで、元の皇室が集めたコレクションの名品が並んでいました。

最初に紹介するのは伝・徽宗皇帝「独鶴図」。
「伝」とはいっても、徽宗皇帝の繊細な筆遣いが伝わってくるようです。

伝・徽宗「独鶴図」

董源と並んで「董巨」と呼ばれた五代・巨然の「渓山林藪図」。

今回の展示で特に楽しめたのが「元人集錦巻」。
趙孟頫、倪瓉、呉鎮はじめ、元代の8人の画家の作品を一つの巻物にしたもので、どれも素晴らしい作品でしたが、誰の作品だか特定できなものが多かったので、「これは倪瓉に違いない」とか「ゆるキャラがいるので呉鎮かな」とか、勝手に想像しながら眺めていました。

これはやっぱり倪瓉。


この絵もいい感じを出しているが誰の作品だろう。

岩の上でくつろぐ高士がいい(アップ写真は下)。


橋を渡って自分の家に帰る高士がこちらをふりかえって「何か用かな」と言いたげなところがいい(アップ写真は下)。


 こちらは趙孟頫の「重江畳幛」。

名品鑑賞のコーナーには呉鎮の「墨竹譜」が展示されていました。
全部で22枚ある図冊で、墨で描かれた竹の絵がずらりと並ぶ中、最後に雪の重みに耐える竹が出てきて、全体を引き締めていました。







郭煕の「早春図」や趙幹の「江山小景」など人気の高い作品は撮影不可でした。
画像は國立故宮博物院の特集ページで見ることができます。

姫君の風雅な集い-元朝皇室と書画鑑蔵文化
(作品名が青字になっている作品をクリックすると画像が出てきます)


昨年9月のツアーに参加したとき、現地のガイドさんから「12月まで試行で館内で撮影ができる」とおうかがいしましたが、1月からはどうなっているのでしょうか。
1月から始まった企画展も私好みの馬遠や夏珪の作品も展示されていて、行ってみたいのですが、近いとはいえ、週末ふらりと行けるほど近くないのが悩ましいところです。

(次回に続く)


「散歩道」もこのところ中国・台湾旅行の紀行文の様相を呈していますが、連載中の中国江南紀行のあとも昨年7月に行った西安旅行をアップする予定なので、中国・台湾紀行はまだまだ続きます。どうかご期待ください。

2016年12月18日日曜日

中国江南紀行2015(3)木瀆古鎮

平成27年12月26日(土)木瀆古鎮

二日目は前日の烏鎮に続いて運河沿いの水郷古鎮・木瀆。



清の乾隆帝が6回も訪れただけあって、小さいながらもとても風光明媚な街。


どんな街並みなのか期待させてくれる門

木瀆は土産物店が多いのが特徴
午前なので人はまだまばら

運河にかかる橋

明月古寺


案内板もきれいで分かりやすい。日本語の標記があるのもうれしい。もちろん、中国は漢字表記なのでだいたいの意味が分かるのが便利なところ。



約1時間の散策を終えて駐車場に戻ると、乾隆帝が6回も訪れた場所との大きな看板が立てられていた。


(次回に続く)