2015年5月24日日曜日

中国江南・上海紀行(3)無錫・清名橋

平成26年12月28日(日)無錫・清名橋

西施庄の次は運河沿いの古い街並みが保存されている清名橋地区へ。

清名橋の手前まで来て横を振り向くと、両側に古い感じの建物が並んだ、とてもいい雰囲気の通りが見えてくる。


こちらはこの地区の名前の由来となった清名橋。


橋の一番高いところまで上ると運河がよく見える。


日本でいえば「重要伝統的建造物群保存地区(略して「重伝地区)」にあたるのだろうが、橋には「全国重点文物保護単位 大運河 清名橋」と書かれた記念碑がある。

 案内板には日本語も記載されているのがうれしい。

あの突き当りを曲がるとどういった街並みが広がっているのだろうか。
ふらりとさまよい込んでみたくなる。

実際にはバスで遠回りに移動したが、運河沿いにはこういった通りが続いている。
アベックの散策コースにはもってこいだ。

ランチを食べたのが、通りのはずれにある「西之物語(ウェストサイド・ストーリー)」。

このレストランはベジタリアン料理のお店。
肉のように見えても、実はグルテンミートだったり、大豆製品だったりと、とても健康的な中華料理を食べることができる。

お店の内装もカジュアルな感じで、日本だったら女性誌にでも紹介されそう。

それでもこういった額がかかっているのは中国風。
ここに書かれている人生訓を読んで、ふむふむとうなずく。

レストラン周辺はどこを撮っても絵になる。ここは倉敷美観地区?

清名橋地区もここでおしまい。その向こうにそびえるのは日航ホテル無錫。

(次回に続く)
〈Y〉

2015年4月28日火曜日

中国江南・上海紀行(2)無錫・西施庄

平成26年12月28日(日)無錫・西施庄

この日は朝の8時にホテルを出発して無錫市南の蠡湖(れいこ)に浮かぶ小さな島、西施庄へ。
ここは春秋時代の紀元前5世紀ころ、越国の范蠡(はんれい)が絶世の美女・西施(せいし)と隠居したことで有名なところ。

湖の北端にある船着き場から遊覧船に乗って15分ほどゆったり湖の上を進んで西施庄に上陸すると、端正な姿の西施さんがお出迎えしてくれる。

これが私たちの乗った遊覧船。遊覧船というより屋形船のようだが、これはこれでなかなか渋く、風情があっていい。

こちらは運転席。乗り物に乗ると、ついつい子どものように一番前に来てしまう。


そういえば遊覧船が来るのを船着き場で待っていた時、朝の散歩に来ていた地元のおじいさん、おばあさん10人ほどの集団がにこにこしながら私たちに話しかけてきた。
私たちが中国語でない言葉をしゃべっていたので、きっと「どこから来たのか」と聞いてきたのだろうが、中国語はまったくできないので何を言っているかわかならい。
こちらもにこにこしているだけ。
次に中国に来るときまでには、まじめに中国語を勉強してカタコトぐらいはしゃべれるようにしよう、と心に誓った。
(しかし、忙しさにかまけて、4か月たってもだいぶ前に買ったCD付きの中国語テキストはまだ本棚の中で眠っている。7月には台北故宮、9月には北京の故宮に行くつもりなので、それまでにはどうにかしなくては、と心は焦るばかりだ)

西施庄の中は回遊式になっていて、建物も橋も遊歩道も、どれも整備されているので、歩いていて気持ちがいい。


メインの建物から見た中庭。
雰囲気が沖縄に似ているというか、沖縄が似せていると言った方がいいのか。
なんとなく沖縄に来たような感じがする。


こちらは池の反対側から見たところ。

まるで回廊のような「陶寶橋」。


船のような形をした「浪琴舫」。
范蠡と西施は人目を避けるように生活をしていたため実際に船に乗って湖に出ることはできなかった。そこで船形の建物を作り、この中で夕涼みなどをしながら船に乗っている雰囲気を味わったという。


これらの建物はもちろん紀元前5世紀から残っているものではなく、復元されたもの。
それでも、こうやって実物があると当時の様子をうかがい知ることができる。
それにしても、紀元前5世紀というと日本では縄文時代後期。
人々は竪穴住居にすんで狩猟や漁労、木の実の採取で食べ物を得ていた時代だ。
そんなときにすでに中国では諸侯が乱立し、鉄農具の使用が始まり、青銅貨幣が流通していた。
やっぱり中国の歴史は奥が深い。

ふたたび船着き場に戻り、私たちの乗ったバスが待っている駐車場まで歩いた。船着き場の周辺は公園になっていて遊園地もあり、観覧車もある。
まるで横浜みなとみらいのコスモワールドのようだ。


こちらは「北極世界」。
入口に厚手のジャケットがハンガーにかかっている。
これを着て北極の寒さを体験するのだが、これは気候が温暖な上海だからこそ成り立つアトラクションだろう。


さて、次は無錫市街地を通り抜けて北に向かい、古い街並みが広い範囲で残っている清名橋へ。
(次回に続く)
〈Y〉


2015年3月22日日曜日

中国江南・上海紀行(1)上海→無錫

昨年の暮れに上海・無錫・蘇州を巡るツアーに参加してきました。

1997年にウイグルに行って以来、久しぶりの中国でした。
ウイグルは日本からも北京からも遠くて、日本とはまったく違うイスラムの世界が広がっていましたが、上海は日本から近くて、一見、日本とも似ていそうですが、実は違いがあるという面白さがありました。
今回の旅行のメインテーマは上海博物館で中国絵画を見ることだったのですが、他にも水郷沿いの街並み「水郷古鎮」や世界遺産の庭園をはじめ見どころたっぷりで、さすが悠久の歴史が流れる中国、奥の深さを感じました。
政治的にはギクシャクしていても、中国の人たちは大挙して日本に来るし、日本人が中国に行っても歓迎してくれる、われわれ一般人には関係ないさ、といった温かさも感じました。

中国は見どころが多く、他にも行きたいところがいっぱいです。
行ったばっかりですが、次はどこへ行こうかな、と考えたり、日常会話ぐらいは中国語で話せるようにしようかな、とか、すっかり中国にはまってしまいました。
それでは、今回から何回かに分けて「中国江南・上海紀行」を紹介していきます。

平成26年12月27日(土)

成田空港から上海浦東空港までわずか3時間半。午前の便で飛んでその日の午後には観光ができるからやっぱり中国は近い。

最初の観光地は、江南水郷古鎮「召家楼」。
こちらは入口の門。


ここは観光名所であるとともに地元の人たちの買い物通りでもあるので、夕食の買い物に来た人たちでにぎわっている。
こちらは「召家楼」のほぼ中央にある水郷に架かった橋の上から眺めたところ。
人は多いが不思議と対向する人たちとぶつかることはない。
みんなこういった人ごみの中を歩くのに慣れているのだろうか。
うまい具合にひょいと人を避けながら歩いていく。


売られているものは日本で見かけるものだったり、見かけないものだったり。

白い服のお兄さんが売っているのは、羊のあばら肉。中国では「白切羊肉」。

皮をはぎとられた鵞鳥がぶら下がっている。横浜の中華街でもここまでずらりとは並んでいない。



袋に入っている大きなせんべいのようなものは豚の皮を揚げたもの。パリッと割ってスープに入れたりするそうだ。

                    


かわいいおもちゃも売っている。



水郷沿いに昔ながらの家並みが続く。

こちらはイラストでわかりやすい案内看板。
今回訪れた観光地では、どこも建物が整備されてきれいになり、案内も充実していた。観光に力を入れているのがわかる。


このあとはバスで3時間かけて無錫へ。
夕食はスペアリブなどで有名な無錫料理。
奥の皿に乗っている肉のかたまりがスペアリブ。やわらかくておいしい。



このあとホテルに着くと、ロビーの壁には王羲之の「蘭亭序」が。
(宿泊したのは緑色広場大酒店 Greenland Hotel)



4世紀に活躍した書家・王羲之の最高傑作とされる「蘭亭序」は、王羲之の書を好んで収集した唐の太宗皇帝の昭陵に副葬されたため、原本を見ることができない。
こういった貴重な書の複製をロビーで見ることができるとは、やっぱり奥行きが深い。
〈Y〉
(次回に続く)

2015年3月14日土曜日

春の東博散歩(続き)

前回のブログでお知らせしましたが、先月末、東博に行ってきました。
修復なった狩野永徳の「檜図屏風」。
近くで見ると永徳の勢いのある筆遣いが今まで以上に伝わってるような気がします。


東洋館に入ると仏さんたちの優しいお顔にいつも癒されます。

エレベーターで4階にのぼり、おめあての中国絵画のコーナーへ。

やっぱりここは上海博物館。
春節ということもあって、中国から日本に来ている観光客が多いようだ。
この中国絵画のコーナーにも中国から来た親子連れやカップルが来ていて、私以外はみんな中国人という瞬間もあった。
中国語の会話をBGMに中国絵画を鑑賞する。
日本に居ながらにして気分はまさに上海。なんとも得した気分。




琳派400年に湧く世間とは一線を画しているように見える東博にもこの時期にふさわしい紅梅白梅が。
酒井抱一の弟子・山田抱玉の「紅白梅屏風」

そして歌川国芳の金魚づくし。


アップするのが遅くなってしまいすでに展示が終わってしまったものもありますが、新しい展示も楽しみなので、トーハク詣ではまだまだ続きそうです。
〈Y〉

2015年2月15日日曜日

「みちのくの仏像展」

先月末のことになりますが、東京国立博物館で開催中の「みちのくの仏像」展に行ってきました。

東日本大震災からもうすぐ4年。
大きな被害をもたらした東北から仏様たちがはるばる東京までやってきました。
パンフレット表紙は、平安時代の貞観4年(862年)に作られ、完成7年後の貞観地震、東日本大震災と、千年に一度の大地震を二回も経験した岩手・黒石寺の薬師如来坐像。何事にも耐え忍ぶ静かな力強さを感じました。
そして、3月11日の地震でなく4月7日の余震で破損して、二年かけて修復なった宮城・双林寺の薬師如来坐像と二天立像(持国天、増長天)。高台にあったので津波の難をのがれ宮城・給分浜観音堂の十一面観音菩薩立像(観音堂の敷地内は住民の避難場所になったという)。
私の住んでいる横浜も3.11の時はかなり揺れて、その後も大きな余震が何回もあったり、計画停電で街中が真っ暗になったといったことを経験しました、あらためて東日本大震災当時のことを思い浮かべました。

福島・勝常寺の国宝・薬師如来坐像と両脇侍立像には7年ぶりに再開できることができました。
このときは会津若松の東山温泉に一泊して、マイクロバスで会津のお寺を巡る現地のツアーに参加して勝常寺にも参拝してきました。行ったのは7月ですが、会津は夏なのに湿気が少なく、食べるものもどれもおいしく、とてもいい旅行でした。

ほかにも筋骨隆々とした山形・本山慈恩寺の十二神将立像(丑神、寅神、卯神、酉神)、いつも優しいお顔の円空の仏像はじめ、東北各地の代表的な仏像が一同に会しています。
オーディオガイドから流れる薬師丸ひろ子さんの優しい声も展示室の落ち着いた雰囲気にピッタリでした。
「みちのくの仏像」展は4月5日(日)までです。お見逃しなく。


トーハクというと、もう一つの楽しみが常設展示(トーハクでは「総合文化展」)。

本館の館内を歩いてみると伊藤若冲の鶏の屏風があったり、円山応挙のかわいい虎がいたりします(いずれも展示は終わっています)。





東洋館の中国絵画のコーナーもいつも寄るスポットです。
昨年末に上海博物館に行ってきましたが、このコーナーは上海博物館の絵画のコーナーに雰囲気がよく似ています。所蔵の中国絵画も充実しているので、日本に居ながらにして上海に行った気分になれる、お得な場所です。
(上海紀行は近いうちにブログにアップします。ご期待ください)


このあと本館も東洋館も展示替えがありました。トーハクには来週も行く予定です。
17日から展示される本館10室「浮世絵と衣装」コーナーの歌川国芳の「金魚づくし」も楽しみです。
<Y>



2015年2月11日水曜日

鎌倉散歩・肉筆浮世絵と紅梅白梅

会期末が近づいてきたのであわてて鎌倉国宝館で開催中の「氏家浮世絵コレクション設立40周年記念 肉筆浮世絵の美」に行ってきました。

この展覧会は、長年にわたり肉筆浮世絵の蒐集につとめてこられた氏家武雄氏が鎌倉市と協力して設置した公益財団法人「氏家浮世絵コレクション」の設立40周年を記念した開催されたものです。
前期後期あわせて58点展示された作品のうち、今日見ることができたのは後期展示の38点。
その中でも特に北斎の作品が充実していて11点もありました。
中には「八十四老卍」「画狂老人卍」といった落款もあって、北斎80歳前後の作品だったようですが、筆の細やかさに衰えは見られず、それになにより北斎は本当に絵を描くことが好きだったんだな、と実感しました。
それから、北斎のスケッチブック「一枚物各種」に虎が描かれていましたが、まるで応挙の虎のようにかわいかったのが微笑ましかったです。

他にも浮世絵の租といわれた菱川師宣の「桜下遊女と禿図」、下巻に描かれた画中の掛軸の落款が「英一蝶(はなぶさいっちょう)」というユーモアのセンスが出ている奥村政信の「当流遊色絵巻」上下2巻、狩野典信に学んだ鳥文斎栄之の「御殿山花見絵巻」、モノトーンでしぶく描いた鳥橋斎栄里の「御殿山花見絵巻」、などなど、見ごたえ十分です。

広重の「高輪の雪・両国の月・御殿山の花図」の3幅は、風情のある作品で、思わず見とれてしまいました。
そこで今回のおみやげは、3幅のうち「両国の月」(1枚100円の絵はがき)。



会期は次の日曜日(2月15日)までです。
平常展示の「鎌倉の仏像」も見ごたえがあります。
今週末、「鎌倉浮世絵散歩」というのはいかがでしょうか。

鎌倉国宝館のあとは、梅を見に荏柄天神社へ。
境内左側の白梅はまだちらほらでしたが、右側の紅梅はこんもりと咲いていました。
それにさすが学問の神様。
受験シーズンだけに拝殿の両側にはあふれんばかりの絵馬が掛けられていました。
かくいう私も、甥っ子の高校入試合格をお願いしてきました。

夕方家に帰ってきて万歩計を見たら14,017歩。
心地よい疲れの残る、とてもいい休日の午後でした。
<Y>
追記
甥っ子が希望の高校に受かったので、荏柄天神社にお礼参りに行ってきました。どうもありがとうございました。